熊谷 文中で,〈自由〉を構成する条件として受動性について述べておられますね。私もリハビリを通じて,自分の意思とはあまり関係なく,大きな力に身体が“ほどかれた”ときに立ち上がってくる動きが自由を切り開くという感覚を得てきたので,とても共感を覚えました。
通常動きの基本となるのは,“理想の動き”をイメージし,それに沿って体を動かしていく,医学で言う随意運動だと思います。でも,特に私のタイプの脳性まひは,意思を持つととたんに体がこわばるという特徴を持っています。イメージを具体化させるほど,それに沿わない身体を突きつけられてこわばるという悪循環に陥るんです。
そうした状態から,自分なりの動きをどう立ち上げていくか。脳性まひの先輩は,「酒を飲むとスムーズに動ける」と話していましたが(笑),同じように,何かに身を委ねるように動くイメージが,自分の中に構築されてきたんです。
大澤 今のお話には「〈自由〉とは何か」という問いへの答えにつながる,哲学的にとても深い含みがあると思います。僕たちは,随意に動くこと,自分が自分をコントロールできることこそが自由だと思い込みがちですが,よく反省してみると,普段から動くプロセスをいちいち意識しているわけではないし,そんなことをすると逆にぎこちなくなる。
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